ハザラジャト(Hazarajat)とは? ハザラ人の故郷とアフガニスタン中央高地をわかりやすく解説

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これはイメージ図です

アフガン道でハザラコレクションとして扱うハザラの人々の故郷を調べてみようと思う。
アフガニスタンではパシュトゥーン人やハザラ人、トルクメン人など多様な人々が暮らしている。その中のハザラ人は、東アジア系を思わせる顔立ちの人も多く見られる。そんな彼らがハザラジャトの高地で暮らしていることを、遊牧に関する本を読んで知りました。
そこで、ハザラジャト(Hazarajat)とは?なんなの?と疑問に思うことから始まりました。わたしは「高地」と聞くと平らな高台のような場所を勝手にイメージしていました。
そこで、まずは、ハザラジャトがどのような場所にあるのか、周辺都市との位置関係を見てみたいと思います。

出典:CIA(Central Intelligence Agency)公開地図

上の図を見ると、アフガニスタン中央部には険しい山脈が連なっていることが分かります。画像の中央あたりに、扇を広げたように見える山岳地帯があります。この一帯が、ハザラ人の故郷として知られるハザラジャトです。その周囲には、アフガニスタンを代表する都市が点在しています。

◯カブール(アフガニスタンの首都)
◯ガズニー(良質な羊毛「ガズニーウール」の産地として知られ、アフガン道でも取り扱っています。)
◯カンダハール
◯ヘラート
特にカンダハールやヘラート周辺は、遊牧民が冬を過ごす冬営地として利用されていました。

ハザラジャトはどこ???Wikipediaの地図によるとこの紫の部分。    

出典:Terpsichores, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0(背景:Natural Earth II を使用、加工・切り抜きあり)

なんだかはっきりした境界がない感じがします。さらに詳しく調べると、「ハザラジャトは「行政区画」された正式なものではなく、むしろ、『ハザラ人が歴史的に多く居住してきた中央山岳地域を示す歴史・文化・地理的な名称です。境界線も時代によって変わり、厳密に固定されていない』」という事のようです。なるほどね~~、ハザラ人が歴史的に多く居住してきた地域を示す概念なので、行政区画のような明確な境界線が引かれていないからモザイク柄の紫の範囲になるということですね。

また、ハザラジャト(Hazarajat)はアフガニスタン中央高地に広がる地域で、コー・エ・ババ山脈やヒンドゥークシュ山脈西部に囲まれています。さらに、この地域はカブール川やヘルマンド川、ムルガブ川など、多くの河川の源流となる重要な水源地帯でもあります。春から夏にかけては牧草地が広がり、バーミヤーン周辺には緑豊かな谷や自然湖、洞窟などの景観が見られると紹介されています。(Wikipediaより)

ここまで調べてみると、ハザラジャト(Hazarajat)は厳しい山岳地帯でありながら、水と緑に恵まれた自然豊かな土地であることが分かります。また、多くの河川の源流となっていることから、アフガニスタンの自然環境や人々の暮らしを支える重要な地域であることもうかがえます。

なお、コー・エ・ババ山脈やヒンドゥークシュ山脈の位置関係、多くの河川がこの中央高地を源流としていることについては、地図を交えながら別の記事で詳しくご紹介したいと思います。

大切なことは、ハザラジャト(Hazarajat)は一つの町ではなく、アフガニスタン中央高地に広がる広大な地域名だということです。山岳地帯や谷、牧草地、村落、そして交易路を含む歴史・文化・地理的な地域概念であり、行政区画のように明確な境界線が定められているわけではありません。
その中でも、バーミヤン(Bamiyan)は代表的な都市・盆地の一つで、ハザラジャト(Hazarajat)の中心地として知られています。

バーミヤンは険しい渓谷なのか?

 画像提供:Sgt. Ken Scar (U.S. Armed Forces)
出典:Wikimedia Commons(Public Domain)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Black_Hawk_flying_over_a_valley_in_Bamyan.jpg

実際のバーミヤン渓谷の写真を見ると、高い山々に囲まれた広い谷の中に、緑豊かな農地や集落が広がっていることが分かります。遠景には雪をいただく山々がそびえ、その雪解け水が谷の農耕や牧草地を支えてきました。
一見すると険しい山岳地帯ですが、写真からは山々の間に広い谷が形成され、その谷底に人々の暮らしが営まれていることが分かります。つまり、バーミヤン(Bamiyan)は切り立った峡谷の町というよりも、高い山脈に囲まれた谷盆地に発達した地域と考えることができます。

また、この豊かな緑は山岳地帯に積もった雪が春から夏にかけて融け出し、川となって流れることで支えられています。雪解け水は農耕や牧草地を潤し、人々の生活を支える重要な水源となってきました。

古くから遊牧民や交易商人たちは、このような川沿いの谷を移動路として利用し、水や牧草を確保するとともに、集落やバザールで物資の交換や交易を行ってきたと考えられます。アフガニスタンの絨毯文化もまた、このような自然環境と遊牧・農耕の営みの中から育まれてきたのでしょう。

まとめ

今回、ハザラジャト(Hazarajat)の理解を深めるため、その代表的な地域であるバーミヤン(Bamiyan)を一例として地図や写真を見ながら調べてみました。その結果、ハザラジャトは一つの山や町ではなく、高い山々の間に谷や牧草地、村落が広がる壮大な山岳地域であることがよく分かりました。実際の風景からも、切り立った崖が延々と続く土地ではなく、雪解け水が流れる谷に人々の暮らしや農地が育まれてきた様子を感じ取ることができます。

また、本の中では単なる地名として登場していた「ハザラジャト」が、地図や現地の風景写真を通して立体的に理解できたことは、今回の大きな収穫でした。この厳しい自然環境の中で育まれた羊毛や、遊牧・農耕の営みが、ハザラの人々の織る絨毯やキリムの背景にあるのかもしれません。

土地の成り立ちや自然環境を知ることで、一枚の織物が単なる工芸品ではなく、その土地で暮らす人々の歴史や文化を映し出す存在として見えてきます。今回の調査を通して、アフガニスタンの大地と絨毯文化の結びつきを改めて実感することができました。

アフガン道では、この地域の織り手による作品(ハザラコレクション)もご紹介しています。背景を知ると、絨毯の見え方も少し変わるかもしれません。

「参考資料:Wikipedia「Hazarajat(ハザラジャト)」

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